旧都では、この時期になるとかなり規模の大きな祭が開かれる。
薄桃色の花をつける木が、一斉に開花するからだ。

「……だからって、どうして私が行かなければならないのよ……浴衣まで着せられて」

隣で文句を言っているのは、私が浴衣を着せたパルスィ。
暗い赤に染め上げられた布に花火模様は黄色、帯は漆黒と表現される様な黒で、上手く纏まっていると思う。

「嫌かぃ?パルスィに似合うと思ったんだけどねぇ」

祭に行く事は前から話していたが、浴衣を作って貰った事は言い忘れていた。
そのせいか、浴衣を見せた瞬間逃げ出されそうになった。
勿論、捕まえたけれど。

――嫌に決まってるじゃないっ、然も、こんな派手な……!!

照れていたのか、耳まで真っ赤になっているパルスィはとても可愛らしかった。

――いつもが質素だから、偶には着飾っても許されるとは思わないかぃ?
  と言うか、私がパルスィを飾りたい

そう言った私の顔を暫く見詰めてから、小さく溜め息を吐かれた。
それでも、心の底からは嫌がっていないと表情から解る。
……多分、出会ってすぐの頃には解らなかっただろう。

――……真顔で何言ってるのよ……このまま着ない方が勿体無いから、着るわ

少し気まずいのか、視線を逸らしながらそう告げられた。
何だかんだで、パルスィは優しい。

――ありがとう、パルスィ

文句は言われたけれど、この浴衣はパルスィによく似合っている、と私は思う。
恋人としての贔屓目を除いても、だ。
からころ、とパルスィの履いたぽっくりさんが音を立てる。
祭の屋台が並ぶあたりまで辿り付くと、くい、と服を引っ張られた感覚がした。
その感覚がした方を見ると、パルスィが私の服の裾を掴んでいた。

「…パルスィ?」

このあたりは、いつもよりずっとざわめいている。
何を考えているのかが解って、その裾を掴んでいた手と手を繋ぐ。
驚かせてしまったらしく、瞬きながら私を見詰められた。

「……勇儀?」
「これなら、はぐれないと思わないかぃ?」

もしはぐれたとしても、必ず見つけるけれど。
ぎゅ、と痛くない程度に力を込めて離すつもりはないと主張すると、呆れたように笑われた。
それから小さく、馬鹿、と呟かれる。
私はパルスィ馬鹿だよ、と言いたくなるけれど、言ったら怒られそうだと思ったから言わないでおこう。
手を離す事を諦めたのか、手を繋いだままで歩いて行く。

「パルスィ、綿菓子、食べないかぃ?」
「……勇儀が、綿菓子食べたいんでしょう?」

私の足がすでに綿菓子の屋台に向かっているのを解っているのか、呆れを含んだ声音だったけれど、付いてきてくれた。
あまり並んでいなかったから、すぐに順番がきた。
食べたいとは思ったけれど沢山食べたい訳ではないから、一つだけ買ってパルスィに渡す。
反射的に受け取ってから、パルスィが私を見上げた。

「勇儀が食べたいんじゃなかったの?」
「沢山食べたい訳じゃないから、パルスィから貰うよ」

横から手を伸ばし、綿菓子を少しつまみ取る。
しつこくない甘さが、口内に広がった。

「……なら、良いけど」

パルスィはそっと綿菓子を口に含み「美味しい」と呟いて微笑む。
その笑顔が見れた事と満足して貰えた事が、嬉しい。
綿菓子を持っている方の手を軽く掴んで、自分の口元に引き寄せた。
そのまま綿菓子を食べる。
……うん、美味しい。

「……勇儀、これがしたくて一つにしたでしょう」
「あはは、ばれたかぃ? 一回やってみたかったんだよねぇ」
「……馬鹿ね」

一瞬驚いたらしいけれど、溜め息を吐いてそっぽを向かれる。
耳まで赤くなっているから、恥ずかしがっているだけだろう。
ああ、私のお姫様は本当に可愛いなぁ。
奪い返す様にして綿菓子を取り返したパルスィは、私の視線から逃れる様にまた綿菓子を頬張った。
その光景を見ているだけで幸せだと思う私は、本当にパルスィに惚れているのだろう。
守りたいと思える相手がいる事は幸せなことなのだと、最近漸く気付いた。

「まあ、良いわ。 ……それで、次はどこに行くの?」
「え? もっと連れ回して良いのかぃ?」
「あまり乗り気でもないのに連れて来たのだから、案内してくれるんじゃないの? それなら早く帰りたいけれど」
「なら、連れ回させて貰うよ」

掴んでいた手を、そっと引っ張る。
じゃあ次は……と言う私を見て、パルスィは「子供みたいね」と言って笑った。

それからは、パルスィが疲れない程度に連れ回して――一緒にお面の屋台を冷やかしたり、かき氷で頭が痛くなったり――最後に、連れて来たかった場所に来た。
あまり人が居ない場所に、薄桃色の花をつける木が一本だけ立っている。
まだ散る時期ではないから、葉桜でもない。

「……綺麗……」

その木を見上げて、パルスィが呟く。
この表情を見て、連れて来て良かったな、と正直に思えた。

「並んでいるのも、綺麗だけれど。 こうやって一つだけあるのも、綺麗なんだよねぇ……」

手を握りながら告げる。
私が気に入ったものを彼女が気に入ってくれたなら嬉しい、と思っていた。
でも、ここに来てくれただけで充分嬉しい。
そっと横に居るパルスィを見ると、見惚れているのかぼんやりと木を見上げていた。
うっすらと上気した頬が、あまり見られない彼女の興奮を如実に表していた。

「ねぇ、勇儀……これが、連れて来た理由?」

木から私に視線が移り、そう問い掛けられる。
握っている手に、微かにパルスィからも力が込められた。

「そう。これを、パルスィに見せたかったんだ」

気に入って貰えたかは解らないけれど、この表情なら心配しなくても大丈夫か。
パルスィに向けて微笑む。
一瞬驚いた様に瞠目されたけれど、パルスィも微笑む。
派手すぎない花が綻んだ様な、ふわりとした笑い方。
滅多に見る事が出来ない、とても珍しい笑顔だった。

「……ありがとう、勇儀」

嗚呼、この表情が見られたから良い。
そう思わせる様な、笑顔だった。
遠くで、ぱぁん……と花火が開いた音がした。




サクラマツリ

(ああぁぁ、もう、パルスィ可愛い……!!)
(ちょっと、何するのよ!? ……放しなさいっ!!)



・隼様より、あとがき
こんにちは、灸さんのリア友やらせて頂いている隼です。
仲良くして頂いていると言うか、よく良いネタを提供されていて、いつか出血多量で逝く気がします。←

相互記念文を拙宅の取り扱いジャンルで書いて貰ったので「お返しは勇パルで甘いの」と脅は……げほ、ごほっ……お願いされて、こうなりました。
あまり東方解ってない人間が書いて許されるんでしょうか……それだけ不安です。
あと、これは甘いんでしょうか。

普段は薔薇世界(はっきりびーえるだと言うべきか)の住人です。
然も甘いのより、シリアスの方が書きやすい人間です。
……あ、だから進みが遅く。
ちゃんと灸さんへのお返しになってれば良いな……と思います。
それではまた、機会があれば。

因みに、私の勇パルのイメージは「最早勇儀は姉さんでなく兄さん」(灸さん談)です。←



・灸感想
というわけで、隼様より、相互記念の品で勇パルでした!
これを私が読ませてもらったのは、学校の帰り道だったのですが……にやにやがとまらねぇ!って感じでした(
もう……俺を出血死させたかったんですね……
これが百合を初めて書いた人間の小説なのか!と聞いてみたい。
てか、脅迫なんてしてないですよ?
ただ「俺がキミにあげたんだからお返しは期待してもいいよね?」と満面の笑みで尋ねただけなのです。
ふふふ、問題ないですよね?(




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